2007年05月16日
トヨタ スープラ(初代)CM
セリカXXがフルモデルチェンジ、セリカ系列からきりはなされ独自路線を歩むような形でデビューしたスープラのCMです。
スープラという名前はXXの時代からUS向けの名として存在しており、今回のデビューで統一したわけですな。
だから、厳密に言えば初代というのは国内にてのこと、USでは3代目ということになります。
デビュー当時は赤のボディカラー、USを意識した暗めの渋い赤でそれまでの日本車になかった色合いで話題になりました。なんでも一般的な赤は「肉の色」を連想するらしくって、そこんとこはさすが食肉文化の国。
実際当時のインタビューで「色がいい」ていうアメリカの方がたくさんおられました。
当初3000GTというふれこみから、あの名車「トヨタ2000GT」の再来かとかさわがれたりもしたのだけれど、トヨ2ほどのセンセーションはまきおこさなかったようです。それには一部のカー雑誌の誇張も手伝ったようで・・・・
余談ですが、オジー・オズボーンのギタリスト、ジェイク・E・リー(ランディ・ローズ死後の)の愛車でもありました。音楽雑誌でそう本人が語っておりました。XX時代のものなのかこのスープラなのかは未確認ですけど。
2007年05月04日
トヨタ チェイサー4代目(X80) CM
新聞掲載広告でも、この女性の後ろ姿がありまして、おヒップばかりに目がいってしまう、チェイサーのCMです。
このとき一斉FMCしたマーク2、クレスタ、チェイサーですが、僕らの間ではゆいいつ「まだまともな方」のモデルチェンジといわれてました。
時はまさにバブル突入期、とにかく新車だせば売れる時代、この3兄弟も「7thスカイラインもこけた、もはやライバルはいない」と批評家にいわれたほどのクルマでした。
しかしだせば売れるを先読みしすぎたメーカーもありました。ご存じ、マツダです。
ユーノス・アンフィニ・オートザム・オートラマと経営を分散、多量の新車を投入・販売しその末路はフォード傘下へ。マツダの寒い時代の始まりでした。
2007年05月04日
トヨタ ソアラ (2代目) CM
90年代の車という色合いが強いんだけど、実は86年から91年までがモデルイヤーだった、2代目ソアラ。
某自動車批評誌いわく、「女子大生ホイホイ」。
ナンパするならXX(プレリュードのこと、ペケペケと発音)かソアラ、こんな格言までありました。
事実繁華街ではナントカのひとつおぼえのようにたくさん通りに違法停車していましたよ。
でもそんなイメージはうらはらに性能はよく、隣に女の子載せたこのソアラにあっさりぶっちぎられて悔しがったのを覚えています。こっちだってフル・スロットルだっただけに。
2007年05月03日
トヨタ マーク2 (X80) CM
「マーク2らしいモデルチェンジができました」
というナレーションに対し、
「どこがじゃい!」
と、つっこみまくっていました。マーク2のFMCモデル。
人気車の後継機の悲しい運命ですな。「前の方がよかった」といわれるのは。
旧マーク2 (X70)がそれほどよかったってことでしょう。事実売れに売れましたから。このときの3兄弟、マーク2、チェイサー、クレスタは。
X70 マークII
で、旧モデルですけど、スポーツカーが趣味じゃない若者に中古車はひっぱりだこで、相場も高かった。税金などの維持費の都合でセドリックやクラウンといった2,000cc以上のクラスに手が出せない若者がこぞって5ナンバーのこの3兄弟やレパードを選んだものでした。
旧モデルのエピソードばかりになってしまいすみません。